送り人
木曜日の朝、親戚のおばさん75歳が、長い入院生活終え旅立たれた。リュウマチ系で全身に転移し、かなりきつかったようだ。元気なときはポン吉にもよく声をかけてくれたやさしい、話好きな人だったことを思い出す。
粟原は氷見市街地から離れた、いわゆる在所。5年ほど前の実父の葬儀は自宅で行ったが、粟原も最近ではほとんど葬儀場。現在氷見には葬儀社が2軒、もうすぐ県No1の業者もやってくるそうや。結婚式場と違い、高齢化が進んだ日本において、この産業は安定的、絶対必要な仕事。それでも固定客で固めた排他的な氷見によく進出するもんやなと思う。今後は熾烈な戦いが始まりそうな予感。
さて氷見では誰でも知っているH 葬儀社の専務が送り人となって着替えやら、何やら・・出棺までのほとんどの仕事をてきぱきと進めていく。仕事とはいえ大変やな~。「剣岳点の記」は必ず見ようと決めていたが「送り人」も見てこようと決めた。
銀行に勤めていたポン父君、記帳係りと会計(香典開き)を担当することに。フリーソフトで香典帳をダウンロード、字の上手い下手は関係なくすごく綺麗に出来上がる。ユーキャンの筆ペン講座は間に合わず・・・正式な香典帳は喪主が自分で書こうが、習字の先生に頼もうが・・こちらは現金を合わせることが大命題。
7:00からお通夜が始まる、さてはじめるぞと意気込むも、老眼鏡を忘れてしまった。袋の字がはっきり見えない。悪戦苦闘の末、現金は一発で御名算となったが、肝心の名前を間違えていたらと確認作業、PM9:00すぎまでかかってしまう。
晩御飯抜きの送り人は痩せる思いをしてしまう。
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コメント
お葬式のお手伝いお疲れさまでした。
人が亡くなると、その人が呼び寄せるかのようにたくさんの人が駆けつけてくれますね、そしてその家族がすべての人にありがとうって、本人といっしょに涙を流して頭をさげます。
お葬式に行くと、再々今生きてることの感謝と、心新たに命を大切に生きなきゃと思うのです。今、千の風になってという曲にはまっています(^^♪(^^♪
投稿: いちご | 2009年5月27日 (水) 20時09分
地下街を歩いていた時、60歳位のスーツ姿の男性に道を尋ねられました。
地下はかなり入り組んでおり
説明してもさっぱりわからないという感じだったので
近くまで連れて行ってあげることにしました。
その方は名古屋からわざわざ「おくりびと」を見に来ていたそうです。
名古屋では劇場の公開が既に終わっていて
大阪も今日が最終日だということでした。
別れ際「丁寧に案内してくれてどうもありがとう!」と 握手をもとめられました。
その手は大きくて 温かかったです。
わたしのおくりびとにまつわる思い出でした
(映画はまだ見ていません、見たくなりました)
投稿: ししまる | 2009年5月28日 (木) 01時17分